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創作小説 「死刑囚」

 澄んだ初冬の晴天に、群れをなした鳥達の影。旋回したその教会塔を下れば、町一番の市場広場が広がる。普段は馬車の行き交う空間が、今日は人で埋め尽くされていた。
 中央めがけて飛び交うのは、小石や酒瓶という異様な光景。まるで祭りのような賑わいの、メインイベントは公開処刑だ。

「悪人に死の制裁を!」
 野次馬の一人が拳を突き上げたために、男は周囲と肩をぶつけた。面白半分で人混みに来たことを悔やみつつ、なお処刑台上の晒し者を見てみようとする。
「容赦はいらねえ、やっちまえ!」
 眼前にあった禿げ頭が動いて、死刑囚の靴がちらりと覗いた。男は何度か瞬いて、自分の足元に視線を落とす。
 よく似た焦げ茶色の靴。
 そういえば、と男は思い出した。この靴を買った店の向かいにあったのが、強盗殺人に遭った富豪の家だったっけ。おぼろげな記憶を辿ってみれば、確かに立派な門構えの家だった気がする。なけなしの金をはたいて靴を買い、腹を空かせていたところへ漂ってきた美酒佳肴の香り。半円窓の向こうに一瞬、男も嫉妬と憎悪を感じた。
 だからといって、犯罪者に同情する訳ではない。右に倣って、男は小石を拾い上げる。

「本当、本当に気の迷いだったんだ!」
 助けを求める死刑囚の声は、虚しく民衆をすり抜けた。鼠を前にした猫のように、ただ攻撃に集中する人々。男も真似ようと試みるが、甲高く響く耳鳴りのせいで、いまいち狙いが定まらない。
 気の迷い、きっとそうだったんだろう。富豪の家の軒先で、立ち尽くしていた自分も気持ちは分かる。壁一枚隔てた先に、満腹になれる食事と暖かいベッド、数日では消えぬ貯えがあるのだ。抑えきれない衝動が、男の背を押していた。
 息を殺して、そっと裏口へ回り込む。指先に触れる、木の扉。
 しかし、男はそこまでだった。ちょうど教会塔の鐘が鳴ったのである。けたたましい音に背筋を震わせた男は、なんちゃってね、と踵を返していた。

「この屑野郎、死んで詫びろよ!」
 隣の野次馬の罵声で、男はハッと我に返った。周囲の熱気はエスカレートしていて、いつのまにか皆が死刑囚に物をぶつけている。
 男は頬に伝う汗を拭い、改めて小石を握りしめた。躊躇う必要などあるものか。耳鳴りを断ち切るように力強く、男は手の内のそれを死刑囚の方へ投げつける。

 小石の軌道を避け、徐々に人波が割れていく。
 死刑囚の靴しか捉えられていなかった瞳に、映り込む足、服、腕、首、男と瓜二つの顔。
 額に向かって飛ぶ小石を、遮るものは何もない。速まる鼓動を感じながら、男は思わず目を瞑った。

 さて、あの時もしも鐘が鳴っていなかったら?

テーマ : ショート・ストーリー
ジャンル : 小説・文学

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テーマ : 二次創作
ジャンル : 小説・文学

創作小説 「煩悩」

 大晦日の朧な月明かりが、家々の窓辺に優しく降り注いでいる頃。
「今年もダメだったなあ」
 部屋の大掃除を終え、リビングのこたつに足を突っ込んだ少女は、ため息まじりに独り言を零した。目の前にあるのは、数冊の日記帳。今年のリボン柄を上にして、昨年、一昨年のものが積み重ねられている。これらは、どれも先程掃除中に発掘した負の遺産である。
 アルバムや手紙、日記帳の類というのは広げたが最後、掃除が中断されることを少女は理解していた。ゆえに、全てを済ませた後こたつへ持ち越して来たのだが、どうやら余計な心配だったらしい。
 というのも、中身は全て一月三日で終了していたのである。
「そういえば毎年、来年は毎日日記をつけるって言ったかも」
 母との約束を思い出した少女の顔には、反省と微かな恐怖の色。今まで粗末にしていたこと、見つかったらきっと怒られる。何より、少女は自分の飽き性に気付くのが遅かった。
 傍らのビニール袋から、昨日ねだって買ってもらった来年の日記帳を取り出す。
「どうしよう……」
 如何にして全てのページを埋めるか。難題に幼い頭を悩ませながら、少女は蜜柑を頬張っていた。

 キッチンの掃除を終えた母は、ようやくリビングの娘に目を留めた。何やら一生懸命に考え込んでいるようだ。
「部屋の掃除は終わったの?」
 背後から声をかければ、小柄な体がビクッと震える。
「終わったよ」
 平静を取り繕ったところで、母にはお見通しである。こたつの上に並んだ新品同然の日記帳を見て、おおよそ察しはついた。
「日記帳、自分で欲しいって言ったんだから、大事に使いなさいよ」
 立て続けの小言に、少女は顔をしかめる。
「分かってる。あーあ、お母さんも手伝ってくれたらいいのに」
「日記帳なんてどうやって手伝うの」
 母が半笑いで切り返すと、突然少女は瞳を輝かせた。残り一房だった蜜柑を口に放り込んで、意気揚々と立ち上がる。
「そうだ、いいこと思いついちゃった!」
 娘の言ういいことが、本当に良い事であった試しはない。それでも一応、なあに、と問いかけてみる。少女は鼻高々に、現状打破の得策を披露した。
「来年は、交換日記にすることね。約束!」
 開戦の合図のように、鳴り響く除夜の鐘。目を丸くする母。瞬く間に夜は更けて、月は初日の出に霞んだ。

 一月一日。早速少女は丁寧に日記をつけて、母に手渡す。
 お母さんだって忙しいのよ、と言いつつ応じてしまうところが、子供好きの母の性分。もう交換日記なんてしたくなる年頃になったのね、と感慨深い面持ちで、拙い文字を読んでいく。
 一方、少女も母との交換日記に予想外のやりがいを感じていた。返された日記帳に目を通しては、今日は何を書こうかと心躍らせる。美味しかったメニュー、お菓子、何をして遊んだか、今好きな歌やテレビ番組……。この調子なら、ずっと楽しく書き続けられるだろう。少女は自分の妙案に拍手を送りたいほどであった。
 しかし、冬休みが終わり二月に入ると、少しずつ状況は変化する。
「お母さん、一日止めちゃったけど、はいどうぞ」
「忙しくてあんまり書けなかったけど、とりあえず返すわね」
 時々間の空く交換日記には、白い行が目立ち始めていた。さらに、片方が止めていた日数分ぐらい休んでもいいか、相対的にこれだけ書けば十分か、と怠けの連鎖が起こるからタチが悪い。
 二日さぼっていたのが三日に、三日が一週間に、交換日記を始めて三か月経った頃には、すっかり交換されることの方が稀なんて始末である。
 それでも、やはり相手の存在は大きい。
「最近日記貰ってないけど、ちゃんと書いてるの?」
「いつまで持ってるの、お母さん。早く返してよ」
 催促があれば、そうだ書こうという気にもなる。昨年までは三日坊主だったのだから、曲がりなりにも続いている事実が少女にとっては誇らしかった。
あたし、もしかして大発見をしちゃったのかな。
 継続は力なり、と朝礼で熱弁を奮う校長先生を、少女はフフンと見上げる。先生にも教えてあげたい、継続させる秘訣をね。

 時は流れ、日は沈み、今年も大晦日が巡ってきた。
 こたつで蜜柑の皮をむきながら、母娘は揃ってテレビを見ている。年忘れがテーマのバラエティ番組を、面白おかしく盛り上げる若手芸人達。
「結局今年も彼女でけへんかったなあ」
「お前、毎年それ言うとるやないかい!」
 観客と同じく笑いつつ、少女と母は胸に引っかかるものを感じていた。いつのまにか催促も消え、交換日記は暗黙の禁句になり、存在すら忘れられた哀れな日記帳。現在の行方を知る者は、誰もいない。
「あたし決めた、来年は彼氏つくるよ」
「まだ早いでしょう」
 すぐ感化されるんだから、と母は残り一つの蜜柑に手を伸ばす。
「私は来年こそ痩せなくちゃ」
「それこそ無理だよ」
 互いに目標を否定されながら、内心決意の炎は燃え上がっている。来年こそは、必ず。ちょうど打ち鳴らされた除夜の鐘は、まるでタライを頭に落としたような音であった。

テーマ : ショートショート
ジャンル : 小説・文学

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Author:ばにら
マイペースな20代女。
猫とヒヨコが好きです。

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