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創作小説 「プログラム」

 来場者には笑顔で手を振る。
 このプログラムが組み込まれたアンドロイド型ロボットの登場は、人気テーマパークによって広く知れ渡ることとなり、世間で話題を呼んだ。開発に携わったのは、とある機械工学博士。彼のロボット好きは以前から学界で有名だったが、今回の功績で企業や官公庁にまで名前を覚えられてしまったのである。
 まもなく当然の流れとして、その博士には依頼が殺到した。
「あのロボットは素晴らしいですね。我が社の受付にも置かせて頂きたいのですが、もう少しサイズを小さくできないでしょうか」
「ただの物と客をきちんと識別しているシステムには脱帽でした。あれを発展させて、指名手配犯を認識すると音を鳴らす監視カメラなんて物は作れませんでしょうかね」
 このような元のロボットに関連した依頼はまだいい。しかし、博士の博識さと人の良さが噂になるにつれて、全く異なるプログラムのロボットが求められるようになった。
「要するに、何らかの刺激にこう反応せよ、ということは可能な訳ですよね。では盲導犬の代わりに、赤信号では止まり青信号では進む先導ロボット、というのも開発できますか」
「バーコードを読み取り合計金額を計算してくれる、そんな機械を一緒に作って頂けませんか」
「現場の先生方にとって、テストの丸付け作業は大変なんです。解答が合っていれば丸を書くようなロボットはできませんか」
 中にはただの怠けではと感じる依頼もあったが、博士は二つ返事で引き受けた。というのも、彼自身どこまで実現可能なのか知りたかったからである。

 幸か不幸か、博士は粘り強く挑み続ける性格であったので、ロボットは次々と作り出されていった。こうなると更に上を求めるのが依頼側である。
 初めは一つの刺激に対し一つの反応、そのプログラムを一組持つロボットであったのに、依頼は次第に二組、三組……と複雑になっていった。例えば盲導犬代理の先導ロボットは、段差があると利用者に知らせる機能や、物の名前を聞き取り持ってくる機能などが追加されていった結果、一人前に近いサポートができるまでに進化したのである。
 このロボットの成果を見て、依頼人は冗談交じりにこう言った。
「もはやヘルパーと大差ありませんね。できないことといえば、会話ぐらいではありませんか」
 依頼人にとっては軽い気持ちの発言だったのだろう。しかし、開発に尽力した博士からしてみれば、まだできないことがある、と指摘されるのは悔しい限りだった。
「いや、会話だってできるようにしてみせますよ」
 彼はその場で宣言し、長い時間をかけて本当に会話ができるロボットを作った。世間はまたも騒ぎ立てたが、博士はさらりと種を言ってのけた。
「何ということはありません。会話だって仕組みはプログラムと同じ。名前を呼ばれたら返事をし、相手が話せば相槌を打ち、内容に不明点があれば問いかけ、あとはこちらも話題のカテゴリーに合った知識情報や経験情報を言語化すれば良いだけです」
 さらに実物に近づけるため、博士はボディにもこだわり始めた。見た目が本物そっくりなのは最低条件、しかしもし解剖された時に電線がいくつも現れるようでは駄目だ。臓器も骨も筋肉も生殖器官も、果ては細胞、遺伝子に至るまで博士は追求した。
 同時に、会話以外のプログラムも組み込んでいく。例えば、好き嫌いといった感情の部分。これも所詮は知識情報や経験情報をもとに判断しているのだから、人工的に作り出せるはずである。あるいは、性格や信念もそうだ。実行してみて褒められる等の刺激が返ってくれば継続されるし、逆に叱られる等の刺激ならば同じ行動はしない。もちろん実際はそれほど単純な判断ではないから、博士は気が滅入るほど細かくプログラムを作っていった。
 そして、会話ロボットの完成から数十年後。世界中の研究員の手も借りて、ようやく博士は完璧なアンドロイドを開発したのである。

 さて、このアンドロイドはあらゆる賞を総なめにしたが、世間では意外にも評判が悪かった。
 心を持たない人工物であるはずのものが、まるで自分たちそっくりに動き、話し、生活するというのは気味が悪かったのだ。また、法律が適用されるのかという問題や、人権は付与されるのかという問題も持ち上がってきた。
 そして、開発主である博士はアンドロイドを快く思わない団体から四六時中嫌がらせを受けるようになったのである。どこへ逃げても、もはや有名になり過ぎた博士とアンドロイドはすぐに見つけられた。
「仕方あるまい」
 博士は苦渋の決断をすることとなった。知り合いの研究者が作ったロケットにアンドロイドを乗せ、誰の目にもつかない場所、すなわち宇宙へ捨てるのだ。アンドロイドはどこかで生きていけるだろうから、壊してしまうよりは幾分もましである。
 わずかばかりの償いとして、博士は繁殖のために番いとなるアンドロイドを作り、一緒にロケットに積み込んだ。加えて、これまでの経験情報はデリートし別の経験情報をプログラムし直して、博士はロケット発射のスイッチを押したのだった。

 轟音と共に煙を上げて、ロケットは長い宇宙旅行に飛び立っていく。
 このロケットが後に惑星に着陸し、その青い星が七十億もの末裔で埋め尽くされることになろうとは、誰も予想だにしていなかった。

テーマ : ショート・ストーリー
ジャンル : 小説・文学

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非公開コメント

No title

読ませていただきました。

この七十億もの末裔のなかに、やっぱりロボット好きの博士が誕生していて、以下ループってなるんでしょうか?

面白かったです。

No title

こんにちは。
更新ありがとうございます。
ふーん、近未来ものか…。

と読み始めて
最後の3行でひっくり返りました。
私がその末裔だったのか!

バニラさんの発想はいつもユニークで面白いです。

Re: 火消茶腕 様

ありがとうございます。
考えていませんでしたが、ループでも面白かったかもしれませんね。
ループものはずっと作りたいと思っているのですが、なかなかアイデアが浮かばず……。
いつかお目にかけられるよう頑張ります。

Re: Sha-La 様

ありがとうございます。
実際、私たちが精巧に作られた物体である可能性だって無きにしも非ずかな、と考えながら書いていました。

こちらこそ、いつもSha-Laさんのコメントに励まされています。
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マイペースな20代女。
猫とヒヨコが好きです。

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